アラフォーでニートになりました。

アラフォーで会社を辞めさせられ、未来が見えないニート(という名の自営業)が奮闘したりしなかったりするブログです。

妹から生理用品を譲り受けた/ 妹が子宮筋腫の手術をした・後日談

先日、妹が子宮筋腫で摘出手術を受けたという話を書きました。

www.arafoneet.com

その後日、母を通して妹の生理用品を譲り受けることになったのですが、これがまた大量で「随分多いね」とびっくりしてしまい…
母曰く「買い溜めしたばかりだったから」とのことでしたが、それにしても多い。

一体私の何ヶ月分なんだろう?と思いつつ、内訳を見たら殆どが特に多い昼用・多い日の夜用・特に多い日の夜用……。
私も二日目はドバァ!と出てしまう方なので助かりますが、こんなにも沢山の多い日用を、果たして私が閉経するまでに使い切るのかなぁなんて考えてしまいました。
(私自身は経血量は割と多い方みたいですが、2日目に多く出て後は治まるタイプ)

妹の苦労が偲ばれるようでした。
周りやSNSでも「多い日の夜用でも数時間持たない」という方の話は時々聞きますが、妹もそのタイプだったんでしょうね。
そして結局は、手術で摘出することに。
手術の話を聞いた時のショック再びという感じでした。

それにしても、どうしてこんなに生理が重い人がいるのかなと思ってしまいます。
もう天が人間を滅びるように作っているとしか思えない(笑)
だって、進化しているのならこんな風にはならないでしょうから。
月の四分の一パフォーマンスが落ちるなんて、何に於いても生産性がないじゃないですか。
勿論、子供を産むという肝心なことに対しても。

なんなんでしょうね、一体。
生理で苦しむ人を見る度、色々と疑問に思ってしまうことがあります。
自分の生理に対しても。

小学校の高学年から数十年の付き合いですが、煩わしくないと思ったことが一度もない生理。
これのせいで、男はこれがなくて楽だな、男に生まれてきたかったと何度思ったことでしょう。
(男性には男性の大変なことがあるというのは置いておいて)
それでもあと数年、付き合っていく必要のある現象ですが…
残り何回かは分からないけれど、穏やかであって欲しいものです。

縦にも横にも置けない日々

実は、少し前までは長く起きていることができず、寝そべって過ごしていることが多かったのですが、最近はどうも逆になっていて、

「なんだか寝ていられない」
「横になれない」

という感じで起きて座っている、或いは立ったり家の中や外を少しうろうろしたり…などということが続いています。
以前もそういう機関があったので、今はそういう時期なんでしょう。
ある意味、活動的になっているのかな?

余談ですが、寝ても起きてもいられないような変な状態を「縦にも横にも置けない」というフレーズが頭に染みついていたのですが、実際にある慣用句?ことわざ?では
「横のものを縦にもしない(つまりなまけもの)」
という言葉しかないんですよね。
何かで間違って覚えたのか、自分の中で新しい言葉が出来てしまったのか…

そんな訳で、最近少し日記を書いたり何かをしたり、しようとしています。
動画を上げ始めたのもそれがあるかな。
なんにせよ、少しでも実のあることをしたいですね。
例え意味がなくても、少しでも心身に良い影響を与えるようなことをしていきたいとも思ったりはするのですが…

秋は気候の変動が激しく、と書こうと思ったら、11月に入ってまた夏日に近い予報が出たりしていますね。
気候の変動が激しいにも程があるでしょうに。
こうなってしまうと、普通の元気な方でも心身に影響が出てしまう人もいるかも知れません。
充分にご自身を労わって、夕方以降寒くなったら温かいものでも飲んでゆっくり体を休めてくださいね。

こういう時、私みたいなうつ病とか疾患を持っている人間はもっと気をつけないと……と思うのですが、気を付けようがない!(笑)
とにかく何事もなく、少しでも変調が少ないように祈って過ごしていくしかないんですよね。

Youtubeに動画を投稿し始めたら3日目でバズってしまった話

最近、Youtubeで動画の投稿を始めたんですよ。

mioとしてではなく、『何か』という名前を使って。

まさかのYoutuberデビュー?
私的にはそのものというよりは、真似事みたいなものだと思ってますが。
元々喋りは得意ではないし、何回も録画し直してはいるんですがカミカミです。
生憎と今の状況・環境では長い動画は作れないのでショートで挙げてるんですが、3日目に上げた動画の再生数がいきなり跳ねました。

その動画がこちら。

youtube.com

内容を見ればなんてことない、ニュース映像に対する感想なのですが、同時に映像として流している子猫の動画とタイトルがマッチしたのか何なのか、今現在で2000弱の再生数になっています。
それまで再生数20台だったので、数字がどんどん伸びていく様子には大分驚かされましたね。
まぁ、大御所や沢山の登録者がいる人から比べればたいした数字ではないとは思うんですが、動画を上げ始めて僅か3日の初心者からすれば快挙といいますか、びっくりするようなすごいことでした。
もしかしたら少しくらいおすすめに乗ったのかな?
何が原因か分からないのですが、驚き半分、嬉しさ半分。

こんなプチバズになった動画は初めてですが、その後の動画の再生数はまぁお察しです。
そんな上手くトントン拍子にはいかないのがYoutubeということなのでしょう。
今後もコツコツと動画を上げていくことにします。

今回動画を上げ始めたのは実験的な意味合いも強いのですが、上手くいけば少し生活が楽になるかな?という気持ちもなくはないです(笑)
とはいえそこまで辿り着くのもそんなに簡単な話ではないだろうと、やる前から分かっていますからね。
定期的に動画を上げていかなければなりません。
現状の私の病状ならいける…とは思うのですが、何分先のことは分かりませんから、今は少しでも収録や編集に慣れて辛い状況の時でも少しでも楽に動画を作れるようになっておくというのは大事でしょうね。
ハンデはあっても、それを乗り越えられる気力と体調と運が巡ってくることを願うしか。

日本の現状も、自分の現状も、希望が見えない毎日ではあります。
それはずっと変わらないとは思うのですが、生きているなら生きているなりのことをしていかなければなりません。
これが面白い事なのか楽しい事なのか、実のあるものになるかは今は正直分かりません。
ただ、それでも思い立って出来る環境があるならやってみようという気持ちになれて、少しずつルーティーンのようになっていけば…後になってついてくるもの、分かるものがあるかも知れないと思っています。

妹が子宮筋腫の手術をした/生理が重い人は病院に行こう

先日、妹が入院した。

彼女現在実家から仕事に行っており、私とは年に数回会うくらいの接触具合なのでその辺りも教えて貰っていなかったのだが、私が母に通院を頼んでいる関係で知ることになった。
子宮筋腫で、子宮を切除してしまうのだという。
本人は至ってあっけらかんとしていて大丈夫そう、との母の言だったけれど、私の方がある意味ショックを受けてしまった。

妹、大変だったんだろうな。
手術云々のことよりも、そこに至るまでの二十数年の日常のことを考えてしまった。
離れて暮らしていたから分からなかったけれど、妹は生理が重かったり、目に見えない苦しみを背負っていたのではないかと思う。
身体の中にある少なくない部分を取ってしまうということは、大変なことだ。
それによって、少しでも彼女のこれからの暮らしが楽になるといい。
私はそう思うのだった。

 

そして、他にも思うこと。
私の周りにもいるが、生理が重い人というのは結構いる。
経血の量が不自然なくらい多かったり、必要以上に具合が悪かったり。
自分も重い方なのかなと思っていたら、わたしなどより想像できないくらい遥かに重い症状の人が結構いるのを知って驚いた。
それに比べたら、私は重いけど普通の範囲内だ。

生理が重くて辛い人、暮らしがままならない人、ままならなくはないけど大変な人。
自分は普通だと思わないで、どうか婦人科の病院に行ってみてください。
妹ほどのところまではいかなくても、何かしら病気が隠れているかも知れません。
病院に行くことによって、月に四分の一の不調の期間が少しでも楽なものに変わるかも知れません。
普通であっても生理は煩わしいものです。
ひとりでも多くの人が、少しでも辛さを軽減して楽な人生を歩めるようになったらいいなと思います。

 

そもそも、こういう形で生理があるのが人間の大きなバグみたいなものだとは想うんですけどね。
本当要らない、自分も早く上がって欲しいです。
まったくもー。

トレパク冤罪騒ぎで一番ヤバいと思った事

本来はnoteで書いていたのですが、ある程度の長さになったのでこれは自分のブログに残しておいた方がいいなと思ったのでこちらに投稿します。

トレパク冤罪事件

とある作品のファンコミュニティで、二次創作のイラストにトレパク(ようするになぞって複製した絵を、自分の作品だと言って出す事)の冤罪騒ぎがありました。
ただ、今回はその冤罪を受けた被害者の方がしっかり対応したお陰で疑惑は晴れ、一件落着という形になる筈だったのですが…

ヤバいと思ったのは、そのコミュニティに属する第三者、つまりは同じファンの言動です。
恐らく加害者となった側の人たちのファンである方が多いのだと思いますが「被害者が事件を公表したから騒ぎが大きくなった!」「加害者さんがコミュニティにいられなくなる!」「被害者が黙っていればよかったのに!」と取れる発言を堂々とされていたんですね。

申し訳ないですが、これって最早、組織的ないじめでは?と思ってしまいました。
自分たちの平穏のために被害者は泣き寝入りしろと?
まるで某…Youtuberが取り上げなかったら表沙汰にならなかった、いじめを隠ぺいしようとしていた学校と同じじゃん!となりました。
或いは、限界集落のムラ社会かな?
ちょっとどうかと思いましたね。

自分だけよければいいって人、いるよね

それでも被害者さんの対応が冷静でしっかりされていたので、不埒な人々がTwitterで呟いているくらいだったらスルーしてたんですけど(私は原作も読んだ事のない第三者だし、この人たちやっべぇな~くらいで)
はてなとかnoteにまで乗り込んできちゃってるじゃないですか。
一体どちら様でどこ寄りなんです?みたいな内容は置いといて…
どなたも自分の感情や欲望にばかり忠実で、人の気持ちが分からない人たちなんだな、というのを感じてしまいました。
加害者寄りの事を言っている人すら、加害者の心配をしている訳じゃなくてその作品だけが目当てなのかな?と思えるくらい、自分本位な言動に見えました。
(恐らく)いい年をした(恐らく)大人の女性たちがこんな体たらくですか。
いやぁ、いじめがなくならない訳ですよ。

一人ヤバいのが出るとみんなヤバいと思われる罠

ともあれ、私もそのコミュニティの人たち全員がやべぇ奴だとは思いません。
まともな人が大多数でしょうし、被害者さんのことを心配し、応援したり陰ながら支えたりされている方も少なくないと思います。
ただ、先述の愚かな行為をしてしまう人たちは、どうしても悪目立ちせざるを得ないので、外からは「あの界隈やべぇな」って印象がついてしまいがちです。

じゃあそのコミュニティの第三者はどうすればいいかというと、余計なお気持ちではない具体的な再発防止策を考えるとか、アルファアカウントからのいじめ・嫌がらせ行為が起きても対応できるように自浄作用をしっかりしようとか、一人一人が気を付けるしかないんじゃないでしょうか。
今回の騒ぎが起きた原因や「この界隈やべぇな」と思われた原因を被害者さんの行動のせいにしている人たちは、目を覚まして欲しいですね。
そういう人たちこそがやべぇと思われてるんですから。

実際問題、ある程度人が集まれば割合で様子のおかしい人が混じってしまうのは仕方がありません。
でも、そのおかしい人が何か問題を起こした時こそ、コミュニティ内の他の人たちの対応力が問われるのです。
そこで今回のケースのように「(なぜか)加害者が可哀想だ」「被害者が黙っていればよかったのに」みたいな事を言ったりやったりしてしまうと周囲からの評判・信頼性ががた落ちし、自分で自分の首を絞める事になります。
最終的には「あの作品のファンやべぇな」とお好きな筈の作品の評判まで落としてしまう事に繋がりかねません。

フォロワー数は正義じゃないぞ

あと、いい加減フォロワー数で相手が正しいか・力があるかを測るのはやめましょうよ。
私が時々見てるフォロワー何万人、何十万人の○○さんとか××さんも、普通~に時々間違ったツイートしてますから。
人間誰でも間違う事はあるのだという事を頭の隅に置いて、信じすぎるのは控えた方がいいです。

最後に。
この記事で事件の起きた作品やそのコミュニティ名、当事者のお名前は出しませんでしたが、表記を控えたのはひとえに被害者の方がしっかりとした対応をし、可能な限り丸く治めようとされていたからに尽きます。
まぁ、その作品全く触っていない私のところにまで聞こえてくるような騒ぎになりましたから、名前は出さなくてもご存知の方も少なくはないでしょう。
今後同じ作品ファンの中で、似たような(トレパク冤罪ではなくてもいじめや人を陥れるような内容の)騒ぎが起これば「またあの作品のファンか」「あの作品のファンはやべぇやつばっかりかよ」と外の人間からは思われてしまう可能性があります。
ですので、該当作品のファンの方は「その作品を好きな一人として」作品や作者さんに恥じないような姿であるか、一度振り返って欲しいなと思います。

『人間』である条件

何やかやしているうちに、もう5月になっていました。
ゴールデンウィーク真っ只中ですが、今日は生憎のお天気。
GW中にお出掛けの予定を立てていた方には、ちょっと残念かも知れませんね。
私は調子が良かったら、4月の末に藤を見に行きたいなと思っていたのですが、あまり芳しくなかったので相変わらずの引きこもりの日々です。
まだご時勢的なものもありますしね。

さて、今日の話はタイトル通り「『人間』である条件」。
なんだか哲学的な一文ですが、そうでもありません。

いつだったか、誰かの言葉で「他の動物にはない人間の特性」というのを見聞きした覚えがあります。
「人間と他の動物が大きく違うところは、それは誰かが怪我をしたり弱った時に、助け合って生きていくことだ」
というような言葉だったかと思います。
群れで生きている動物であっても、足が折れて歩けなくなった仲間は置いていきます。
けれど人間は、そうした「自力で生きていくことが難しくなった個体」も助け、群れ、集団、社会を維持していこうとする。

平たく言えば、福祉の精神があるという感じでしょうか。

人間は子供や年寄りなどの弱い立場の人も、怪我や病気で働けない人も助けて社会を成しているんですね。
これは他の動物にはないことだと。

翻って、ふと思いました。
最近はやたら自己責任だのなんだのと言って、人を見捨てるような言動をする人たちがいます。
この「人間の特性」という観点から見ると、果たして彼らは人間と言えるのでしょうか?

これがまさに『人でなし』ってことなんですかね。

行き過ぎた資本主義も原因なのかも知れませんが、今は政治や日本のあちらこちらで、こういう弱った、困っている人を助けず見捨てていくようなイメージが強くあります。
力やお金を持っている人たちがそうなってしまうと、もう日本は人でなしの国になってしまうのかも知れません。

私は今、その「人間の特性」に助けられてなんとか生きている側の人間ですが、せめて(自分が余裕のある時は)困っている人には手を差し伸べられる人間でありたいと思っています。

そして、日本が人間の特性を失った人でなしの国にならないようにと、願っています。

自分がいなくても、世界は回っていく

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しばらくブログから離れてみた。
単純に起きていられない日が続いたりしたのもあるけれど、様々なことを上手く言葉にできなかったから、記事も書けなかった。
この記事も予約投稿だ。

数日ブログから離れて、戻って来てみると。
多かれ少なかれ、日毎に差違はあるのもの、アクセスや収益が途絶えた日は殆どなかった。
私がいなくても、私が書いた記事が、言葉が、何処かの誰かに読まれているということだ。
自分が動けなくても、自分が確かにここにいた足跡を誰かが見て、感じているということだ。

これはきっと、もし私がまたずっとブログを書けない状態になったとしても、はてなブログが存在している限りは、誰かの目に触れる機会があるということでもあるのだろう。
たとえそれが、ほんの一握りの人たちであっても。

このブログを含めて、私の存在なんてちっぽけなものだと思う。
それでも、この記事が目に留まった人へ、何か伝わるといいなと思う。

今、仕事や何かの役割で疲れていたり、辛かったりする人へ。
「自分がいなくなったら(その場が)困る」と思っていて、そこを離れられない人へ。
十中八九、それは幻です。
自分がいなくても、世の中の大概のことは回っていきます。
だから、あなたが後々修復困難になるくらいまで壊れてしまう前に、その場を離れてください。
逃げるようにでもいいし、場合によっては退職代行など人の手を頼ってもいいです。
とにかく、自分のことを一番大切にして欲しい。
あなたに一方的に、責任や重い荷物を押し付けてくるような人や、あなたがいなくなったら成り立たなくなる場所は、本来はとっくに壊れてしまっていいものなんです。

あるべきものは、然るように自ずと存在し、存続し続けます。
逆に、ひとりの犠牲によってしか成り立たないものは、不自然でしかないのです。
私も「自分がいなくなったらこの職場は困ってしまう」というようなことを考えて、逃げることができなかった時がありました。
でも、そこで損なった心身の健康や、手にできなかったもの・失ってしまったものは、誰も補填してくれないのです。

思い切ってその場から離れられるよう、余力のあるうちに行動できますように。